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Asia×Creator アジアにおける日本映画のこれから





取材・文/植山英美 写真/内堀義之

――『ブンミおじさんの森』はタイですでに劇場公開されましたね。

ウィーラセタクン:たいへんいい評判をもらい、とても喜んでいます。たくさんの方に来ていただきました。これから世界公開が始まります。

――『ブンミおじさんの森』がカンヌで受賞した事によって、若い監督や、新人の監督に道を開いたのではないでしょうか。

ウィーラセタクン:インディペンデント映画の制作者にとっては、良いニュースだったようです。劇場などの興行側から「もっと小さい映画を探そう」という機運になってきて、自主制作映画にも配給の道が開くようにになってきています。これはとてもいい事だと思います。

――20代でシカゴに留学していますが、文化の違う大都会での学生生活はいかがでした?

ウィーラセタクン:もちろんショッキングな体験でした(笑)

――あなたの人生に影響を与えましたか?

ウィーラセタクン:いろんな種類の映画に出会える事ができたのは大きかったですね。マヤ・デレンや、スタン・ブラッケージなどの作品に代表される、米国の多くの実験的な映画を体験する事ができ、とても影響されました。私の映画は彼らほど、前衛ではありませんが(笑)

――シカゴではアートスクールで、映画制作を学ばれました。

ウィーラセタクン:米国では映画作りの方法で開眼した部分はあったと思います。ですが制作はいつもタイで行いました。米国でインスピレーションが沸かなかったので(笑)。私のルーツではありませんし、土地や人に結びつきを感じる事ができなかったのです。シカゴでは「映画とは何か」を学びましたが、私自身を表現するには、故郷が一番だと思ったのです。

――あなたはタイの東北部出身ですね。タイでは東北部出身者と首都出身者の間で、差別があると聞きました。

ウィーラセタクン:ええ、まだまだあります。ですがシカゴでも人種差別は大きな問題ですし、アジア人に対する差別もありますよね。

――差別を感じた事があるのですか?

ウィーラセタクン:もちろん。世界中どこででもあります。シカゴでも、ヨーロッパでも。政治的な議論に発展する事もありました。

――『ブンミおじさんの森』では、セリフが東北部の方言で、一般のタイ人にはわかりづらいと聞きました。

ウィーラセタクン:少しわかりますよ(笑)。東北部は昔から貧しいので、出稼ぎに出る事が多く、バンコクだけでなく、プーケット島などや、タイ中どこへ行っても東北部の人がいます。それでタイ人は皆文化や料理や言葉を知っています。映画には字幕が必要でしたがね(笑)。

――2002年の作品『ブリスフリー・ユアーズ』では、ミャンマー人の移民が登場します。

ウィーラセタクン:ミャンマーでは問題が変わらなくあります。自由がないですし、軍事独裁政権で、政治的な問題がずっとあるので、タイを基点に第3国に亡命する人々が後を経ちません。タイでは、ミャンマー人に対する人種差別や、不法移民であるという事での不当な扱いなど、多くの問題を抱えています。ミャンマーにはたくさんの少数民族がいますし、より一層問題を複雑にしています。私の映画ではダイレクトには表現していませんし、批判もありませんが、彼らを映し出す事によって、何かを感じてもらえば、と。

――あなたは「フリー・タイ・シネマ・ムーブメント」と呼ばれる、検閲反対の運動を起こしたとお聞きしました。その運動について聞かせて下さい。

ウィーラセタクン:警察が私の前作の『世紀の光』(06)のいくつかの部分を「カットしなくてはいけない」と言ってきました。それに抵抗するために、友人達とセミナーを開いたり、嘆願をしたり、デモを組織したりしました。運動が実って法律が変わり、今は警察ではなく、文化庁が検閲を行う事になりました。

――運動は成功したわけですね。

ウィーラセタクン:比較的よくなりましたが、まだまだ保守的です。新憲法も映画の検閲を認めていますし、文化庁も警察も、基本的には同じ考えです。まだまだ長い道のりです。

――厳しい状況は、変わりない?

ウィーラセタクン:そうですね、10%くらいはよくなったでしょうか(笑)。数字で表すならば。人の考えを変えるのはたやすい事ではありませんからね。政府も、映画の教師だって、とても狭い考えの持ち主なんです。タイの文化、芸術、特に映画は狭い考えに支配されています。

――映画界が保守的という事ですか?

ウィーラセタクン:政治や戦争に関する事、モラルに関する事が特に閉鎖的です。私の映画で、トランスセクシャルの男性が出てくる場面が「社会や子供に悪影響を与える」との理由でカットするように言われてしまいました。社会への悪影響を理由に、良い映画か悪い映画かをジャッジするのは、彼らの仕事ではありません。

――観客がジャッジを下すべきです。

ウィーラセタクン:そうです。良い映画か悪い映画かのジャッジを下す選択を与えるべきなのです。検閲はタイの映画制作者が受け入れなくてはならない現実です。それでも私は自分の映画を撮り続けていくしかないのです。

――第63回カンヌ映画祭でパルムドール(最高賞)を受賞して、世界中から注目が集まったことで、事情が変わったのではありませんか?

ウィーラセタクン:今のタイの状況を変える事は簡単な事ではありません。外国から帰ってくると、今度こそなにか状況が好転しているのではないか、と期待するのですが、いつも失望に終わります。中国も、ミャンマーも、情勢に世界中が注目していますが、政府は気に留めません。諸外国は関係ないと言われてしまえば、どうすることもできません。

――映画祭が始まるまでの数週間の間に、尖閣諸島問題、スー・チー女史解放、朝鮮半島紛争など、いろいろな政治的な事件がアジアで起こりました。日本は比較的政治的に安定していると思いますが、来日してどう思われましたか?

ウィーラセタクン:日本に住んでいるわけではないので、よくわからないのですが、僕の日本の友達が「日本人は幸せではない」と言いました。タイならば、政治的に安定していないので、かえって幸せではない理由が明確です。ですが日本はどうでしょうか。プレッシャーですか? 経済的な問題なのか、私にはわかりません。どの国にもそれぞれに問題がありますし、住んでいない以上自分で経験できませんから。

――今回の東京フィルメックスは、日本、台湾、香港、中国、マレーシア、韓国と、政治的な問題を抱えている国を含めて、アジアの縮図のような構成ですね。

ウィーラセタクン:今年は特に、いろいろな国から、アクション映画があったり、アート系の映画があったりと、いろいろなジャンルの作品が集まっていて、とても楽しいです。

――あなたにとって、芸術活動や映画制作をする上で、影響を受けている事はなんでしょう?

ウィーラセタクン:土地や、生活や、人々、そういったものに影響を受けています。今チェンマイに住んでいるのですが、ニュース番組を見る時でさえ、地元のものを見ています(笑)。土地からインスピレーションを得る事が多いですが、最近は政治の影響が大きいです。

――5月19日の事件からですか?

ウィーラセタクン:そうです。それ以前からも問題はありましたが。昔は政治に無関心だったのですが、最近は普段の生活にも影響が出始めていますし、パーソナルな問題になってしまいました。芸術家だけではなく、普通の人々も政治問題から無縁ではなくなっています。国が分断され、政治不安の状態にあります。

――テレビで燃え上がるバンコクの街を見て、たいへんショックを受けました。

ウィーラセタクン:タイの社会があれほど不安定だったと、誰が想像したでしょう。

――映画の制作者にも影響を与えているのでしょうか

ウィーラセタクン:そうだと思います。映画制作者は、どうにもならない、追い込まれた状況をどう表現すればいいのか、と、表現しきれない事がたくさんあるのは、どうしてか、どうすればいいか、と悩んでいます。

――ところで、あなたの映画はドイツ、フランス、オランダ、英国、など、ヨーロッパからの出資者が多いですね。

ウィーラセタクン:タイの政府からも出資してもらいっています。ポスト・プロダクションにお金を出してもらいました。

――何故、ヨーロッパの出資者が多いのですか?

ウィーラセタクン:私の映画のようなアート的な作品は、出資者を探すのがとても難しいのです。ノンプロフィットでは、米国からはまず興味をもたれませんね(笑)。ヨーロッパではアート作品への投資が盛んです。ヨーロッパのプロデューサー達にとって、文化的な貢献が第一で、儲けは二の次なのです。

――あなたの存在が、タイの若いアーティスト達にも道を開いたんじゃないでしょうか。

ウィーラセタクン:東京フィルメックスの「NEXT MASTERS」のようなセミナーを行っています。「出資者の探し方」とか「収益の上げ方」などのテーマで(笑)。タイだけではなく、アジアの若い監督達に道を開くようにと考えています。映画は一番お金の掛かる芸術作品ですからね。

――では、次回作などの予定を教えてください。

ウィーラセタクン:いろいろなプロジェクトを始動させています。2人の若い監督の作品のプロデューサーをやります。あとは短編と長編を制作する予定です。

――あなたが劇場をオープンさせるという噂を聞きました。

ウィーラセタクン:それは僕の夢のひとつです。北部の、例えばチェンマイなどに建ててみたいですね。老若男女が集えて、タイからだけではなく、いろんな国からいろいろな種類の映画を集めて自由に公開したいです。

――日本のファンにメッセージを

ウィーラセタクン:私にとって日本での劇場公開は初めてなので、とても興奮しています。今までは、映画祭などでしか上映していませんので。観客がどういう反応を示すのか、興味もあります。Hope for the best。

――最後に、あなたにとって、映画とはなんでしょう。

ウィーラセタクン:そうですね・・・作り手として言うならば、麻薬のようなものでしょうか。中毒になるようなもの。どんなに苦しくても、また元に戻ってきてしまうもの。そしてセラピーのようなもの。話しあったり、理解しあったり、協力しあったりしてできるもの、そうして表現できるものです。観る側としては、空気のようなもの、必要なもの。夢と同じで、それ無しでは生きてはいけないものです。そして人生においての窓。窓がなければ我々の人生は、きっとつまらないものになると思います。

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    Profile: アピチャッポン・ウィーラセタクン

1970年、バンコクで生まれ、タイ東北部で育つ。
94年より短編映画を監督し、国際映画祭へは、山形国際ドキュメンタリー映画祭1999「アジア千波万波」に出品された短編『第三世界』(98)が初参加。2000年には初の長編映画『真昼の不思議な物体』を監督し、2001年開催の同祭インターナショナル・コンペティション部門に出品されたほか、記念すべき第1回の東京フィルメックス(2000年開催)のコンペティション部門にも出品されている。
 >>当時のインタビューが東京フィルメックスのアーカイブで参照可能。
 短いインタビューだが、製作費から資金援助にまで言及されていて今読むと非常に興味深い。

長編第2作『ブリスフリー・ユアーズ』(02)はカンヌ国際映画祭「ある視点」賞を受賞し、東京フィルメックスで最優秀作品賞を受賞。2004年の『トロピカル・マラディ』はカンヌのコンペティション部門において審査員賞を受 賞し、再び東京フィルメックスで最優秀作品賞を受賞した。続く『世紀の光』(06)はヴェネチア映画祭で上映され、新作『ブンミおじさんの森』でカンヌ映画祭最高賞パルムドールを受賞した。映画と並行し、現代アートの分野においても国際的な活躍がめざましい。

 
『ブンミおじさんの森』
(提供:シネマライズ/配給:ムヴィオラ)
3月5日より全国順次公開中

公式サイト http://uncle-boonmee.com/

(C) A Kick the Machine Films
 

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