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TOP > INTERVIEW:矢崎仁司インタビュー
INTERVIEW05

キャリア30年で発表した作品は1本の短編を含め6本。寡作ながら、その作品が常に国内外で高い評価を受けている矢崎仁司監督。1980年に『風たちの午後』でデビューを果たし、2作目の『三月のライオン』が届けられたのが1992年。その2作目に続く3作目『花を摘む少女 虫を殺す少女』が届けられたのが2000年。これだけのブランクを置きながら、映画界から忘れ去られることなく、なおかつ新作が待たれている映像作家は現在ほかにいないかもしれない。そんな中、前作『ストロベリーショートケイクス』から3年という比較的短いブランクで新作『スイートリトルライズ』が届けられた。これはもしかして“映画監督・矢崎仁司”の新たな決意表明なのか? そのことを含め、矢崎監督に真意を直撃した。

取材・文/水上賢治

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大好きな小説やマンガを映像化するということ

今回、江國香織さんの原作になりますが、これはどういった経緯で?

矢崎:江國さんの作品は好きで、いくつか読んでいたんですけど、『スイートリトルライズ』は未読で。それで今回、お話をいただいて初めて手にしたんですけど、読み終わってすぐに「これはやってみたい」と思いました。

そう思われた理由はどこにあったのでしょう?

「スイートリトルライズ」矢崎:江國さんの作品はどれもそうなんですけど、この小説も実に奥深い。ひと組の夫婦を通して、人間の孤独と死といったことが浮かびあがってくる。僕は、この人が死や孤独と向き合うときを映し撮りたいと思いました。それから夫婦の物語であることも興味を惹かれました。ベルナルド・ベルトルッチやミケランジェロ・アントニオーニ、成瀬巳喜男など、僕の敬愛してやまない監督たちが夫婦の物語で名作を撮っている。ですから、自分もいつかどこかで夫婦の話をやりたいという気持ちがずっとあったんです。ただ、最終的には魚喃キリコさん原作の前作『ストロベリーショートケイクス』もそうだったんですけど、この江國さんの小説に出てくる登場人物がものすごく愛しくなって、生身の人間で動かして表現したくなった。そこに江國さんの行間から滲み出てくる人間の孤独や死を映像に封じ込められたらと思ったんです。

名匠たちが題材に扱うように、やはり夫婦の話を映画にするのは魅力的でしたか?

矢崎:そうですね。あくまで僕の意見ですけど、恋人同士というのはいくつかのパターンに振り分けることができるような気がするんです。でも、夫婦って世界中にその一組しかいなくて、その夫婦だけの世界があると思う。男と女が互いに「この人とじゃないと」と思ってつながったわけですから、その二人の世界はほかと比べようがないと思うんです。今回の主人公・瑠璃子と聡の世界を特別視する人もいると思う。でも、僕はそうは思わない。夫婦の形ってほんとうにひとつとして同じものはないと思いますから(笑)。

前作の『ストロベリー』は魚喃キリコさんのマンガが原作で、今回は江國さんの小説が原作。単純に言うとマンガは絵のあるものを映像に、小説は文字を映像にするわけですが、そのあたりで挑むに際し、何か意識することはあるのでしょうか? 例えば原作がマンガだと、その絵を愛するあまりに、その絵を再現しようととても苦心する監督さんもいらっしゃいますが。

矢崎:僕はあまりそういうことは意識しないですね。僕が大切にしているのは原作を読んだあとの印象。そのとき、自分の胸の中に往来していることって間違いないと思うんです。それを映像でしかできない形で表現すればいいと思っているので。絵があろうと、文字だろうと関係ない。ただ、今回、江國さんの原作を無事に映画化できたのは個人的に感無量のところがあります。これまでに名匠たちが文豪の名作の映画化にチャレンジしている。江國さんは今の文学界でトップにいる作家さん。そういう作家さんの作品に自分が挑ませてもらえたのは、すごく幸せなことと思っています。

では、その江國さんの今回の原作で、映画化するということを抜いて、一番魅力を感じたのはどんなところだったのでしょう?

矢崎:江國さんの作品としてはこの『スイートリトルライズ』は小さな作品の部類に入ると思うんです。でも、珍しく江國さんが自分を入れているように僕は感じたんですよ。画家が自画像を描くように、江國さんが自分自身を文章に忍ばせているように思ったんですね。だから実のところ、撮影に入る際、僕はまず江國さんを第一の観客にしようと心に決めて。僕の背後に江國さんの目が常にあるような感じでいろいろなところを判断していったところがある。例えば、小道具ひとつでも、江國さんのエッセイでこういう器がすきと書いてあったら、それをセレクトしたり。江國さんの“ディレクターズ・アングル”が確実に存在していたんです。この前、江國さんと初めてお会いして対談したんですけど、「なんで私が書いてもいないことまで知ってるんですか」と言われて。僕は「ああ、間違ってなかった」と思って、うれしかったですね。

その映画ですが、結婚3年目の瑠璃子と聡が主人公。世間的に非のうちどころがないような理想の夫婦の二人が小さな嘘を積み重ね、心が一度は離れそうになりながらもやがて元の場所に戻っていく。その心の遍歴が丹念に映し出されていきます。しかも当たり前なんですけど、それを映像であくまで伝える。変な話なのですが、この『スイートリトルライズ』は、いかに今の日本映画が映像もセリフも必要以上に説明になり、映画に説明があふれてしまっているのかに気づかされる作品という気がします。情報だらけで日本映画なのに字幕映画ぐらいにぐったりと疲れてしまう作品もある(笑)。

「スイートリトルライズ」矢崎:美術館に行き、その絵の解説を読んで、イヤホンガイド聞いて、それから絵を見ているようなもんだよね(笑)。本当は、絵がポツンとあって、それを観ればいい。興味をもったら後で解説を読めばいいんですよ。よく製作サイドが「それだと一般の人が理解できない」と言うんだけど、僕は映画ファンの感性ってすごく鋭いと思っているし、心から信じている。だから、「これで解るかな?」とか「これでわかってくれるかな?」とこちらが勝手に推測して説明書きをつけるのは観客に対してすごく失礼。そういう映画の作り方をしては絶対ダメだと思っている。そうじゃなくて、「これで感じるかな?」という映画を作らないといけない。解るとか理解するとかいう感覚ではなく、映画を体で感じるかどうか。そこに比重を置かないと。その感じるかどうかが映画の醍醐味でもあると思うんですよ。それがなぜか昨今は、お客さんを本当に疑って疑って、「ここまで説明をつけないとまずい」といったぐあいになってしまって、物語を理解させるためだけに尽力が注がれている。それは違うと思う。

ストーリーを語ることだけに終始して、映像である意味がなくなってしまっているんですよね。

矢崎:極端なことを言うと僕はストーリーというか、物語性にあまり興味がない。登場人物がいて、そのときに流れている空気感だけで映画は成立すると思っている。また、自分はそういう映画を作りたいと思っている。それには理由があって。日常の嫌なことを忘れさせる夢の世界を提供する。そういう映画も大切だと思う。でも、僕が映画でやりたいと思っているのは、人が生きていく中で忘れてしまう埃をかぶってしまったような記憶に息を吹きかけて呼び覚ます、そんなことができたらうれしい。それを可能にするのは、その瞬間に漂う空気感を映すこと。人の忘れかけた記憶をよみがえらせるのは、物語ではなく、その瞬間の空気感だと思う。「この空気感知っている」みたいになって、たちどころにそのときの極めて個人的な記憶が甦る。そういう記憶に届く映画を僕は作っていきたい。

その空気感にもつながると思うのですが、中谷美紀さん演じる瑠璃子の暮らす空間というのは生活臭がまったく感じられない。一方、大森南朋さん演じる聡も基本的に同じなんですが、彼がひとりになる部屋だけゲーム機があったりして俗世間というか生活感がただよっている。それでいて映画に現実感がないかというとそうではなく。実はまったくこの二人が住む世界としては違和感がない。ここで監督がやろうとしたことは何だったのでしょう?

矢崎:これは僕が昔から疑問に思っていることなんですけど、よく映画の美術で“よごし”って技法がありますよね。人が使ったように見せるためにわざと小道具や美術を手垢のついたような風合いにする。それがイコールでリアリティを出すということになっているんですけど、僕は違うんじゃないかと思っているんですよ。僕が思うにリアリティを作るのはあくまで人。その人がその部屋にいて、住んでいないようにみえたら、いかに洗濯物を干そうとリアリティは出ない。大事なのはその人物が生きているかどうか。瑠璃子のまとう空気感がリアリティになっていればそれが現実になってくれるから。それがすべてだと思っています。

そうなるとキャスティングというのは非常に重要ですよね。

矢崎:そうですね。今回、中谷さん、大森さん、池脇千鶴さん、小林十市さんが主要人物に扮してくれましたが、このキャスティングでないと成立しなかったと思います。同時に僕は常に「その人物はこの役者さんでしかありえない」という、いうなれば替えのきかないところまでもっていきたいと思っているんですね。

では俳優さんに求めるものも大きいのでは?

「スイートリトルライズ」矢崎:いや、俳優さんに求めることはあまりないですね。むしろ自分自身がしっかりとしないといけない。というのもその俳優さんの中心にある芯というか、揺るぎないものをしっかりと映し出せば、その人でないと成立しない映画に自然になっていく気がするんですね。そこを見極めないと大変なことになってしまう。例えば中谷さんは出演作を何本もみているけど、実際にご本人にお会いしたとき、スクリーンでは味わったことのない品と凛とした美を、僕は肌で感じとった。その瞬間に「これを撮り、映したい」と思ったんですね。同時にこれを映し撮れば瑠璃子は中谷さんでしかありえない人物になると思ったんです。大森さんをはじめほかの役者さんたちも同じです。あくまで役者さんの核を、撮って映す。そうすればその人でないと成立しない映画になっていくと僕は信じています。だから、今回もこのキャストでないと成立しなかった映画になったと自負しています。

もうひとつ役者さんで聞きたいことが。風見章子さんが出演されています。風見さんといえば名だたる名匠の作品に出演している昭和の大女優。今の俳優さんとはやはり違いますか?

矢崎:内田叶夢監督の作品でデビューされていますけど、すごい監督たちと渡り合ってきていることはひしひしと感じますね。ある意味、風見さんは、いまのちょっと周りがヨイショしているような女優のポジションを好しとしていない。映画のスタッフとして映画に参加している。製作部、演出部、撮影部、照明部があるように俳優部の一員といったスタンスでおられる。風見さんとは『ハヴァ、ナイスデー』というオムニバス映画で僕の手がけた短編『大安吉日』に出演していただいたんですけど、この撮影が大変で。ものすごく撮影が押して、車の中でものすごい出番待ちをしていただいたんですよ。でも、そんなことになっても嫌な顔ひとつしない。今回の現場でも、僕が直前になってセリフを替えてしまうことが多々あったんですけど、風見さんは全然怒らない。セリフを前日にすべて頭に入れてこられているにも関わらず。「あなた溝口健二みたいね」なんていいながら、再び頭に入れ直すんですよ。ほんとうにすばらしい役者さんです。


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「ジャパニーズ・ニューウェーブの渦中に
居合わせなかったら、僕は映画を作っていなかった」


ここからは矢崎監督のプロフィール的なところをお聞きしていきたいのですが、まず映画監督を目指すきっかけは何だったんでしょう。

矢崎:これはもう凄い人と出会ってしまった。そのひと言に尽きますね。僕が大学に入ったとき、長崎(俊一)さん、石井(聰亙)さんがいて。彼らがいわゆるジャパニーズ・ニューウェーブを起こして、日本映画界に新風を巻き起こした。そのほかにも緒方(明)さん、諏訪(敦彦)さん、俳優の内藤剛志とか周りにいて。ほかの大学にも山本政志さんとか室井滋さんや黒沢清さんとすごい才能ある人たちがいた。幸運にもその渦中に僕も身を置くことができたんですね。もしこれが少しでもずれていたら僕は映画制作そのものに進んでいなかったかもしれない。たぶん映画を作っていなかったと思います。

映画を志す者が切磋琢磨する場所があった感じですか?

矢崎:そうですね。シナリオを書いたらみんな回して読んでくれて、本気でアドバイスしてくれる。つまらない映画撮るともう「友人じゃない」みたいな厳しい場所ではあったんですけど、すばらしい環境だったと思います。なによりみんな本気で映画と向き合って、自分の映画を作ろうとしていた。今思い出しても、「なにか新しいことやってやろう」という熱とパワーが充満していた。ほんとうにこの場所に居合わせなかったら、僕は映画を作っていなかったと思います。

それから30年以上の月日が経つわけですが、ご自身のキャリアをどう振り返りますか?

矢崎:正直、振り返っている場合じゃない(笑)。もともと過去をあんまり振り返らないんですよ。それよりもこの先に興味があるんです。常に今に満足せず新たな試みを続けて、作品が年をとらない芸術家に憧れるんですけど、それは自分もそうありたいと思うから。経験を積むことでなにごとにも技巧になったり、あるいは熟成したり、何かスタイルを身に着けることを全部否定したい。常に前の作品をいい意味で裏切りたいし、実験精神をもって創作に挑んでいきたい。それを心に過去よりも“これから”を見据えていきたいですね。

では、これはちょっと聞きづらいのですが、なぜこんなに1作と1作の間が開いてしまうんですか? 1作を撮り終えると完全燃焼してしまうとか?

矢崎仁司矢崎:そういうわけでもないんですけどね。年数だけ見るとすごく開いていると思われるんですけど、僕自身はその間も24時間映画三昧で。映画以外のことをほとんど考えていない。だから、映画製作とそれほど離れている感覚があんまりないんですよ。ただ、以前は種をひとつだけ蒔いて、それが芽吹くのを永遠と待っていたんですね。でも最近、ちょっとだけ器用になって(笑)。種をいくつか蒔いて、“芽吹いたものからやっていこう”みたいなスタンスで取り組めるようになってきたんです。だから、ここからは多作になりますよ(笑)。今年も撮りたいと思っています。


矢崎仁司監督 Recommend

■好きな映画
『チャイニーズ・ブッキーを殺した男』
『仁義』
『パリでかくれんぼ』

■好きな監督
ミケランジェロ・アントニオーニ
ベルナルド・ベルトルッチ
成瀬巳喜男

■好きな俳優
森雅之
大森南朋
趙方豪

■好きな女優
中谷美紀
池脇千鶴
アンジェリーナ・ジョリー



 
スペーサー   Profile: 矢崎仁司(やざき・ひとし)
スペーサー
1980年に16mm作品『風たちの午後』を製作し、ヨコハマ映画祭自主制作映画賞ほか多くの映画賞を受賞。エジンバラ国際映画祭、モントリオール・ニュー・シネマフェスティバルなど海外の映画祭でも注目を浴びる。続く『三月のライオン』では、92年ベルギー王室主催ルイス・ブニュエルの「黄金時代」賞受賞をはじめ、ベルリン、ロンドン、ロッテルダムなどの映画祭で高い評価を得る。その他の代表作に、『花を摘む少女 虫を殺す少女』(00)、『ストロベリーショートケイクス』(06)などがある。最新作の『スイートリトルライズ』が3月13日よりシネマライズほか全国ロードショー。
スペーサー
『スイートリトルライズ』公式サイト
http://www.cinemacafe.net/official/sweet-little-lies/

スペーサー
(C)2009「スイートリトルライズ」製作委員会
   

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