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TOP > INTERVIEW:ヒロ・マスダ インタビュー
INTERVIEW

NYで主に俳優として活躍していたヒロ・マスダ氏。「海外で映画を撮りたいというメーカーさんがあるんだけど…」という相談が彼の元に舞い込んでから映画『ホテルチェルシー』がスタートした。「自分ならこれまでないようなインディペンデント映画をNYで撮れます!」を売り口上に、初めて本格的なプロデュース業をこなすことになった。幾多の試練を乗り越え映画を完成させた彼は、何ものにも変えがたい経験を手にすることになる。

取材・文/栗尾知幸

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チャンスを生かすためアメリカでの経験をフル稼動

―マスダさんは、アメリカでは俳優をされていたのですよね。プロデュース業の経験はあったんですか?

「もともと僕は、インディペンデント系の映画に出演することが多かったんですよ。そういう類の映画はみんなでいろんなことを手伝うので、8年間の活動の経験から学んだことが大きかったです。これまでの出演でアメリカの脚本も読んでいましたし、台本の書式も全てフォーマット化されていて一律っていうのもわかっていました。俳優としてはオーディションを受ける立場だったので、NYのどこへ募集をかけ、どこで、またどういうオーディションを行うかも知っていました。クルーの集め方も、撮影許可の申請も知っていました。もちろん、人生のゴールとして自分の作品を出したいとは思っていたので、これまでにもいろいろな本も読んで勉強もしました。基本プロデューサーはプロダクションの全てのことに精通していないと、特に海外で行う場合にはプロダクションの損益に関わる面も出てきてしまうので。カメラ、法律、契約などとにかくいろいろと勉強しました。ただ、失敗が許されない環境だったので、自分の責任下で、全て自分自身手で行う必要がありました。でも、8年住んでいた時のネットワークみないなものもあったので、NYでの製作が逆に僕にとってやりやすかった面もありました。スタッフの中には自分が以前、一緒に仕事をした録音やメイクアップの人がいたり、他のクルーは知り合いの知り合いだったりして。こうしてプロダクションへ人が集まってきました」

―アメリカは俳優協会(ユニオン)の(起用)条件が結構、厳しいと聞いていますが

 
自身のアメリカ俳優協会のカードを見せてくれたマスダ氏。その下には起用した俳優のオーディション応募時の写真と、自ら奔走したというNYでの撮影許可書がある

「僕もユニオンに属していますが、今回はノンユニオンと呼ばれるユニオンに加盟していない俳優を集めました。ユニオンを通すと、確かに縛りが厳しいですね。何時間を過ぎると何%のオーバータイムが発生したり、セットで煙と使ったり雨で濡れるといくら。あとセットに入って何時間以内に食事を出さないとペナルティで幾ら支払うことになったり、とにかく細かい(笑)。ただ、もちろんクルーもユニオンがあるのでノンユニオンのクルーを集めました。もちろんノンユニオンでも労働条件に対する法律はあるので、時間的な制約、休憩に対する概念などについてもクリアしておかないといけないんですよ」

―撮影がオーバーしたとか、予定外のことは許してくれないわけですね

「今回は撮影期間が8日間で終了させないといけないという条件が最初から決まっていたので、どっちにしても予定外のことは何一つ許してもらえない状況だったんです。最初、長編で、それも予備日がない8日間ロケ、しかも海外って無理でしょ!って思ったんですけど、自分にとっては初めてのチャンスだったので、なんとかするしかないと。この事で言い訳するつもりもないですし、絶対に成功させる覚悟はありました。そのため、脚本を書く段階からそのことを念頭に置いて移動のない密室殺人を構想しました。またストーリー展開や登場するロケ地もスケジュールなど効率性を考えて組み立てました。もちろん与えられた中で最大限のサスペンスをだせる仕掛けも入念に考えました。また、外国の監督はその時の「フィーリング」悪く言えば「ノリ」でカットを決めて撮っていく人も多いので、今回は事前にストリーボードと呼ばれる絵コンテを全て書かせたりして、撮り忘れのないようきっちりと詰めて、「できませんでした」は許されないよ!とプレッシャーをかけながら撮影させました」

―全体をコントロールする役割だったわけですね

 
『ホテルチェルシー』の台本。日米混合のキャストだったため、日本語版と英語版の2種類。当然、マスダ氏が両方執筆した

「先ほども申しました通り「撮り直し、失敗が許されない条件」での製作なので、もし人に頼んでできていなかったらことを想定すると、信用できる人は「自分」しかいませんでした。別に人を信用していないわけではないですが、「できませんせした」「ごめんなさい」が通用しない条件なので、文字通り全部やりました。また、「低予算映画だから」映画製作者が言い訳しても、お金を払って見て頂く観客の皆様にとっては関係のない話なので、人権費を抑え、その分の映画制作費を還元させるためにもできることは自分でやりました。映画製作も製造業と同じで「いいもの」を提供しなければ、観客の皆様には興味を持ってもらえないわけですから。というわけで、撮影に入る前のロケハン、撮影の許可、オーディションから俳優やクルーたちの契約書も作成、撮影機材・小道具の手配まで。撮影に入ると、朝の弁当の手配があり、ホテルにチェックインできないと聞くとそれのフォロー、出演中には撮影許可証を携帯し、警察が来たらそれを見せ対応する。一日が終わると進行状況の確認と翌日の準備、給与の支払い面まで…もう自分の経験値をフル稼動させ、寝る時間を削っても足りないぐらいでしたね。もう一度、やれって言われたら考えますね。でも最初の企画を成功させる為にとにかく必死でした。」


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譲れなかったロケ場所とレッドワン

―いろんな厳しい条件の中で、ご自身が譲れなかった部分はなんですか

 
マスダ氏がこだわったチェルシーホテル
「単なる普通の低予算映画」を製作するのだけでは、世間一般にはまったく相手にされません。ただでさえ映画産業が不況の中、ありきたりの作品を劇場にかけてお客さんが見に来てくれる、もしくは店頭に置いてお客様が手に取ってもらえる時代では無くなっています。また人と同じ事をしていては、世間の興味は生まれないので、新しい試みとしてニューヨークロケ、それも世界的有名ホテルでの撮影が必要で、チェルシーホテルは企画そのものの必須条件でした。次に、「映像面」でもこれまで既存の低予算映画の壁を乗り越えることも目指してしたので、レッドワンの採用を決めました。この2点は最後まで悩みましたが、作品を提供する上で、ここは落としてはいけないと思いました」

―チェルシーホテルは『レオン』などの撮影でおなじみのところですね

「この映画をニューヨークで撮影する意義はチェルシーホテルの存在にあります。130年の歴史、「シド&ナンシー」などドラマがあるからこそ、本作品の物語である密室のサスペンスや、ストーリーの軸となる「嫉妬」「芸術」「アート」の要素が成り立つわけで、別の場所であればこの脚本の成立どころか、ニューヨークで撮る必要もありません。また、この映画は日本での上映を前提の作品ですので、「レオンでマチルダがタバコをふかしているらせん階段」と言えば思い出して頂ける日本の観客も多いはずです。こういったマーケティングの面からも魅力的な場所でした。それと自分としてはやはり世界をターゲットにしたいという気持ちがありました。チェルシーホテルは世界的に見ても魅力の場所なので。実際、海外のソーシャルネットワーキングサイトのFACEBOOKの映画アカウントには、「The Legends of Hotel Chelsea」の著者のエド・ハミルトンさんや、チェルシーホテルのファンの人からの書き込みもあります。ただ、ここで撮影するのも大変。事前にアプローチしていい感じで交渉していた支配人が、撮影入りのタイミングで渡米したらクビになっていてイチから交渉スタート。しかも再度提示された金額が交渉のテーブルにも付けないような高額。もう、インまで日数が無いので必死ですよ。日本人の観光に宣伝になるからって、別にいらないとか言われて…。映画のタイトルがホテルチェルシーだからって説明し、とにかく台本を読んでもらったり、もう誠意を尽して説明しました。でも運良く新しい支配人の方がとても理解と協力を示してくれて、値段面も含め理想の条件で撮影を承認してくれました。これには本当に感謝していますね。これを機に支配人とも仲良くなり、今ではプライベートでもチェルシーホテルを利用させてもらっています。」

―チェルシーホテルにこだわった甲斐はありましたか?

 
自身もヒロインの夫役で出演されています

「作品が完成してみて、脚本家としてストーリーを伝える意味、プロデューサーとしてマーケティングを考える意味の両面で、チェルシーホテルでなくては成立しなかった映画だとつくづく思いました。多くのハリウッド映画やドラマの舞台になっていく魅力がチェルシーホテルそのものにあります。」

―カメラに関しては?

「予算の面から当初からデジタルシネマで行くと言う事は決めていました。実際今回2つデジタルシネマカメラが採用されています。一つはパナソニックのHVX200で、これは「クローバーフィールド」や僕が以前ニューヨークで出演した映画でも使用していたので使い勝手の良さは分かっていました。HVXで家庭用ビデオのPOV映像の撮影を行ったのですが、HVXも十分な性能のカメラなので、もしレッドワン採用で時間がかかり撮りきれない事態や、追加カメラアシスタントにかかる人件費などを考えると、HVXで全編撮ることも最後まで残った選択肢でした。しかし、ハリウッドでも採用されているレッドワンを使用することで「映像面」において大きな壁を乗り越える事ができるため、最後にはレッドワンにしようと。これに関してはカメラマンにしつこいぐらいに確認しましたが、最後は彼の言葉を信じました。また今回カメラアシスタントも非常に優秀でした。後々の話になるんですが、やはり映像にこだわった分、それを取り上げていただける海外メディアがあったりして結果的には良かったと思っています」

―撮影が済んで、いよいよ日本での上映ですね

 
メキシコでの編集作業では、MA・カラコレにも参加した。本編ではカラーグレーディングシステムScratch®の本領発揮なので、乞うご期待

「実はレッドワンで撮影したので、レッドワンの映像を最大限引き出すにはポスプロも高価なスタジオじゃないと出来ないという問題がありました。それに関しては、監督がメキシコ人を起用したこともあって、メキシコで行いました。編集はポストプロダクションでは「Scratch®」というカラーグレーディングシステムを使用したのですが、レッドワンのデータが膨大だったので、日数面と費用面Scratchは有効でした。あと、メキシコだと人件費のこととか考慮するとコストが半分くらいで済むので助かりました。ただ、それも一筋縄ではいかなくて、2009年の4月頃にメキシコ行ったのですが当時は、新型インフルエンザの発生源という話題真っ最中で、行った2日後に日本の大使館関係者が帰国するなど渡航勧告がでました。当時の僕は映画を仕上げなければならなかったので帰るわけにはいきませんでした。少し大げさですが、命をかけながら滞在して作業を続けました。当時は“日本人初感染者”になれば映画も話題になるかと冗談も言っていましたけどね」

―メキシコでの編集作業の手配もされたと…これだけの経験はそうできるわけではないですよね。マスダさんは今後はどういう活動を目指されますか

 
(C) hotel Chelsea Film Partners 2009

「脚本を書き始めてから公開までの1年8ヶ月は無我夢中でしたが、本当に辛かったのも事実です。あと、国柄や人柄からくる仕事に対する感覚の違いなど改めて実感する部分や、海外プロジェクトの困難も新たに分かりました。監督の契約違反など、起こる必要のないアクシデントにも見舞われました。また、映画の共同出資者への利益、出演して頂いた俳優、集まってくれた若い現地クルーの思いなど、作品に携わった全て関係者への責任がのしかかるようなプレッシャーもあったので精神的にも辛かったですね。でも、こうして作品が一本できたことは純粋にうれしく思います。アメリカで俳優を続けていても、映画を制作できるとことまでは行き着けてなかったと思います。また、最終的な目標は自分が企画する映画をプロデュースすることだったので。「ホテルチェルシー」はインディペンデント映画製作の精神で誠実に映画と直面した作品だったので、ぜひ一人でも多くの人に気に入ってもらえればと思っています。今後はグローバルな需要がもっともっと増えてくる時代になると思います。現在、国際企画の脚本を2本書いています。今後の目標としては、映画関係者からはマスダの企画だったらやってみたい、そして見て頂く観客からはマスダの作品なら見てみたいと言わるぐらいになりたいですね。『ホテルチェルシー』はその第一歩だと思っています」

スペーサー
映像に関しての詳しい説明は、マスダ氏からインタビュー後、よろしければ追加してくださいとのメールをいただきましたので、掲載します。
また、カラーグレーディングシステム「Scratch®」を使用した色調についてのもっと詳しい説明はマスダ氏のブログをご覧ください。

http://hiromasudanet.wordpress.com/2010/04/13/


今回4Kで撮影した映像なのですが、8日間という極限の短期撮影において大きなメリットがあるゆえに導入したという経緯もあります。ポストプロダクションでは2Kでデジタル現像したので、4Kで撮影した素材を画像の劣化なしで約150%位拡大して使用できました。
言い換えますと、ミディアムショットを撮ると、その素材から編集においてクロースアップやフレームの位置を変えたり、フレームをパンさせたりする 映像を作る事ができました。(例、シャワーの排水溝に移動していく映像は、もともとは固定して撮影したものです)ですので、本来クロースアップや別アング ルなど複数のショットが必要となる撮影も、編集でクロースアップや、アングルを変えたショットをつくれることで、カット数を少なくすむことや、時間の関係で撮れていなかったショットや、監督が現場で見えていなかったショットも補う事ができました。
こういったところも低予算、短期撮影でおおいにレッドワンが役立った点になります。

 
スペーサー   Profile: ヒロ・マスダ
スペーサー
東京都出身。俳優、脚本家、プロデューサー
2001年ニューヨークへ移る。ニューヨーク市立大学マンハッタンコミュニティーカレッジ舞台演劇科をHORNORSで卒業。以後現地で活動を続け、アメリカ俳優組合(Screen Actors Guild)会員に所属。俳優活動と並行してに脚本の執筆活動も始め, ニューヨークを舞台にした長編映画『明日、マニアーナ』を完成させる。日本へ帰国後、映画制作会社Ichigo Ichie Films LLCを創設。自身の俳優活動のほか、執筆した脚本のプロデュースも行う。2009年には自らの脚本したプロデュース作品『ホテルチェルシー』(5月8日より渋谷シアターTSUTAYAにてレイトショー公開)は、ドイツ、カナダ、ニューヨークの海外映画祭での上映、映画賞受賞の他、アカデミー賞公認ロードアイランド国際映画祭の正式出品が決定している。
スペーサー
『ホテルチェルシー』
http://www.h-chelsea.com/

スペーサー
『合同会社Ichigo Ichie Films LLC』
http://www.ichigoichiefilm.com
   

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