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李相日インタビュー

00年ぴあフィルムフェスティバルにて、卒業制作作品『青〜chong〜』がグランプリの他史上初の4部門独占という快挙から、映画監督としてキャリアをスタートさせた後も、『69 sixty nine』(04)『スクラップ・ヘブン』(05)と話題作が続いた。ヒット作『フラガール』(06)から4年の時を経て、吉田修一の最高傑作『悪人』を映画化。本作品は第34回モントリオール世界映画祭・コンペティション部門に正式出品。誰かを愛したいという原始的な思いや、人を善と悪に断定してしまうことの危うさを力強く表現し、主演女優の深津絵里が【最優秀女優賞】を受賞するなど、高い評価を受けた。映画祭出席の為、モントリオールに滞在していた李相日監督に話を聞いた。

取材・文・撮影/植山英美

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原作者・吉田修一との共同脚本執筆に1年半

  映画『悪人』
『悪人』
(C)2010「悪人」製作委員会
――今回はインターナショナルプレミアですね。どのような経緯で、『悪人』の映画化に至ったのですか?

李:『フラガール』の後に、幾つかの次回作のお話をいただいたのですが、幸運にもその中に吉田修一さん原作の『悪人』がありました。これは単行本が出た後すぐに、お話をいただきました。

――フラガールから4年になります。

李:この映画の準備期間として2年掛かっているのですが、そこに至る前の2年間というのは、自分のやりたい事と、実際映画として着地するのとが、なかなか噛み合わなかった時期でした。

――ヒットメーカーとして、毎度ヒットさせなくてはいけないという、プレッシャーがあったのではないのでしょうか。

 
李:僕の中でのヒット作は、『フラガール』だけなので(笑)。毎回ヒットするかどうか、僕がヒット作になるように考えて作っても、そうはならないじゃないですか。ヒットしようとする気持ちが透けて見えるほど、寂しい事はないですし。その下心を隠してうまく作れるほど、器用でもないんで。感じた事を自分に出来る最良の形で見せて、後は結果がどうなるか、待つしかないですよね。

――原作者の吉田修一さんとの共同脚本ということですが、どちらが主導権を握ったのでしょうか。

李:両方です。吉田さんが出したアイデアも僕が出した気になっているし、僕が出したアイデアも吉田さんが出した気になっているほどで(笑)。お互いの脳みそがシャッフルするくらいに、1年半密に一緒に過ごしましたので、どちらがどれくらいの割合で書いたかといえば、フィフティ・フィフティが正しいのではないでしょうか。

――原作者と脚本を共同で書くというのは、難しいのでは。

 
李:人によると思います。「原作どおりにやってくれ」というような方なら、少し難しかったかもしれませんが、吉田さんは決してそういう方ではなかった。僕自身は原作の本質である人間の見え方とか、人間の生き方みたいなものに共鳴しましたし、根底にあるものは、お互いにぶれがなかった。作りたいものの方向性が一緒だったので、後は表現方法だとか、残すシーン、残さないシーン、取捨選択によって見え方が変わってくるという部分をどうするべきか。吉田さんは原作を忠実に再現するというという事にこだわらなかったですし、2人とも映画としていいものになるように、互いで探っていった。そういった作業がわりときちんと出来ていました。

――1年半と、長い時間の間に、嫌いになったり、殺し合いになったりという事態には(笑)

李:そうですね、全くなかったですね。不思議なくらいに。


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殺人者になってしまった“祐一”
――その人物像を探していく作業


――『69 sixty nine』から2度目の主演起用である妻夫木聡さんは、6年前の少年の面立ちからがらっと変わって、今回は、毛穴とか皺とか、肌の状態もとても老けて見えていて、その違いがとても印象深かったのですが

 
李:当然人は年を取りますから。妻夫木くんも深津(絵里)さんも特殊メイクをしたわけじゃありませんよ(笑)。ただ、彼らがリアルに年齢を重ねた味わいのようなものを、隠すのではなく、フィルムや、ライティングの撮影技術でより生っぽさが生かされるようには見せています。俳優を綺麗に見せるのではなく、生身の人間として捉えたかったからです。

――妻夫木さんは今作品で、女性にとって魅力のない男の役を演じています。爪が汚かったり、髪が渦巻いていたりと、見た目も今までのイメージと相当違います。新境地を開拓したのでは、と感じましたが。

李:映画が完成して表に向ける時には、「妻夫木聡が殺人者の役をやる」という事に成るわけで。ですが僕と彼が同意したのは、殺人者の役をやるというより、殺人者になってしまった人物の役だと。人を殺してしまう前の祐一というのは、いったいどういう人間なのか、というのを2人でずっと探しました。

――それは撮影していく中で、祐一の人物像が見えてきたのですか?

 
李:祐一が殺人者であるという意識をあまり持っていなかった。撮影が始まって、一週間目くらいで「殺人のシーン」を撮る事になっていたのですが、そのときにはまだ祐一がどう人殺しをするのかというのを、僕も彼もまだ掴みきれていなかった状態で。わからないまま無理やり作っても、ウソになると考えて。ほぼ一ヶ月殺人のシーンを飛ばして、(樹木希林さん演じる)祖母の房枝とのシーンとか、光代とのシーンをやって、いろんな事をやらせて、あのキャラクターが実際生きていく中で、この人物だったらどうして殺してしまうのかが、やっと見えてきたというわけです。

――撮影中、非常に精神的に追い込まれたと聞きますが。

李:彼が演じた、清水祐一というキャラクターは、正確に細部に至るまで簡単に理解できてしまう人物像ではないと。逆に理屈で理解してしまうと、リアリティが抜け落ちる危険がありましたし、リハーサルの時点から「祐一だったらどうする?」と実際やってみて、情報に頼らないで、単純に常識を当てはめないように心がけました。アプローチも、理詰めでいくと間違った方法でやってしまう。一度リハーサルをやった時に方向性の間違いに気付けたので。

――その間違いとは

 
李:やはり、最初の頃は祐一のキャラクターをどうしても暗いやつと記号的に捉えてしまいがちでした。それはあの役柄の本質ではない。祐一本人が自分を暗いと思って毎日過ごしているわけではなくて、周りが陰を感じ取っているという。そこに到達するまでは、彼が考えた暗い人を演じている傾向があったんで、それは違うんじゃないかと。

――具体的にはどのようなリハーサルを行ったのでしょうか。

李:妻夫木くんは、土木解体作業員の作業を3日、4日くらい、実際の作業員に混じって体験しました。リハーサルと一口に言っても原作にも台本にもないところを、祐一だったらどうする、と演じてみる。あのキャラクターの過去のエピソードとか、人物像などの情報に頼らない、瞬間瞬間、この人だったらどうするかをひとつひとつ埋めていく。正解を探していくという作業を、撮影が終るまでずっとやっていました。


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絶対悪も絶対的な善も存在しないグレーゾーンで人は生きている

――李監督の作品はどれも映像が素晴らしいのですが、今作品も灯台など、ロケーションが印象的です。

 
李:ロケーションと、キャストとのコミュニケーションは、お金をかけずとも、時間をかければいいですよね、日本映画なので製作費が限りなくあるわけではないので、労力で解決できる事は、なるべく努力したいですし。映画では全体の世界観を役者が当然担うのですが、役者の背景がどう見えるか。『悪人』の場合はあまり映画の中でそれぞれの人物のバックグラウンドを説明していないので、ロケーションで見える部分が大事なのではと考えました。セリフではなく、映像で語られる事が映画には必要なので、後景は重要だと考えています。ただ綺麗な風景ではなくて、人物がどう見えるかを映像だけで説明するには、ロケーションと美術が大事だと。全ては人物がどう見えるかを補完する為に選ぶという考え方ですね。

――(深津絵里演じる)馬込光代のアパートとか、職場が国道沿いの寂しい場所にあったり、それらの場所を見ただけで、彼女の孤独を感じ取れました。

李:光代のアパートがぎりぎりまで決まらなくて、結構苦労しました。撮影に入ってから決まったんです。

――佐賀県呼子で、光代と祐一がイカを食べるシーンで、活造りのイカの目のズームから回想シーンに移行する場面がありました。原作に無いですし(原作ではのたうちまわるイカの足)どのような意図があったのかと。死にかけているイカの目を見て、殺した石橋佳乃の目を思い出したのでしょうか。それとも死んだ目を暗示しているのでしょうか。

 
李:イエスでもノーでもありません。その通りということでもなければ、間違っているとも思いません。この映画を観た方がどう感じたのかということが大切で、それを皆さんに伝えていただくことが一番伝わるんじゃないかなと。作った人間がなまじ言ってしまうと、それが正解になってしまうので、それだったら観てもらった方に伝えてもらったほうが、皆さんにいろいろな想像をしてもらいながら伝わると思うんですよね。

――今回の作品を含め、「都会」を舞台にした作品がないですね。

李:「都会」というのは、東京という意味だと思うんですけど、東京は確かに撮っていませんね。あえて東京を外しているわけではないんでけれど、たまたま選んでいる題材に、地方が舞台というのが多いんじゃないでしょうか。どうしてでしょうかね(笑)

――これからの海外での映画祭の予定は?

李:釜山国際映画祭への出品とロサンゼルスのアメリカン・フィルム・マーケットへなど、複数の出品が決まっています。

――海外配給などに興味はありますか?

李:それは受け手側がいて初めて成り立つものですよね。日本の映画を海外で配給する場合は、ヒットするから、お金になるからというのではなく、この映画を自分の国の人に見せたいという思いがある担当者が現れて、そこで初めて形になっていくし、成り立って行くんじゃないでしょうか。

――最後に、この映画でいうところの『悪人』は誰だったんでしょうか。

 
李:誰なんでしょうね(笑)。この物語の魅力は、登場人物全て、悪人とも善人とも言えるし、両面あわせ持っているのがそもそも人間だし、絶対悪も絶対的な善も存在しないというか、そういうグレーゾーンでみんな生きていると思うんです。悪人か、善人かという断定ができない。そもそも人間とはそういうものじゃないんですかと。日常的に気付かないところで、すごく簡単に悪人、善人と選り分けてしまっているのですけど、実はそれそのものが危うい、そんな実感を持ちながら、撮影をしていました。

――作品は、複雑な心情に沿うように、交差しつつ展開していきますね。

李:先に進めば進むほど、違う面が見えてくるというか、人はもう一つの側面を持っているんじゃないかと。そもそも「人」と言うのは、見る角度によって、見る人によって、違う見え方をする。どういう人が悪人なのかという意味をも併せ持って、シーンを繰り返すごとに違う顔になる、複数の側面を持つ人間の善悪というものは、単純に答えが出る事でもないと、感じてもらえればと思っています。



 
  Profile: 李相日(り・さんいる)

1974年、新潟県出身。
大学卒業後、日本映画学校に入学し映画を学ぶ。卒業制作作品『青〜chong〜』(99)が、00年のぴあフィルムフェスティバルにてグランプリ含む4部門を独占し劇場公開となる。その後、ぴあスカラシップ作品として制作された『BORDER LINE』(02)で03年、新藤兼人賞を受賞するなど高い評価を得る。04年、村上龍原作・宮藤官九郎脚本『69 sixty nine』(妻夫木聡主演)の監督に大抜擢されメジャー進出。『スクラップ・ヘブン』(05)に続き、06年に監督した『フラガール』(06)は、日本アカデミー賞最優秀作品賞を初め、第80回キネマ旬報ベストテン・邦画第一位など、国内の数々の映画賞を受賞、第79回米アカデミー賞の外国語映画賞の日本代表に選出された。『悪人』は、『フラガール』以来初の長編映画となる。

『悪人』公式サイト
http://www.akunin.jp/

©2010「悪人」製作委員会
   

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