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今泉力哉インタビュー

自主制作の短編が軒並み国内の映画祭で受賞を続け、下北沢トリウッドでの特集上映も話題を集めた今泉力哉。登場人物の些細な機微を掬い取る演出で、今泉節とも言える作風を持ち、アップリンクからは、初の作品集DVDも発売されたばかりの彼の劇場公開デビュー作『たまの映画』が12月25日からテアトル新宿で公開される。劇映画監督として注目される彼が、なぜドキュメンタリーなのか。そしてなぜ今“たま”なのか。TAMA CINEMA FORUMでの本作のプレミア上映後、監督とプロデューサーの三輪麻由子氏に訊いた。

取材・文/中西佳代子

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「今泉監督は、映画に対してちゃんとした尊敬がある。
そういうところがいいなと思っていました」(三輪)


――まずこの企画を立ち上げられた経緯をお聞かせください。

  今泉監督と三輪プロデューサー
三輪麻由子プロデューサーと赤いカーディガンがトレードマークの今泉力哉監督
三輪:数年前に石川浩司さんのホルモン鉄道のライブを初めて見て、とにかくこんなに自由な大人がいるんだ!と感動をしたのがはじまりです。それから「たま」を聞き直すようになり、元メンバーの方々のライブを観るようになりました。とにかくみなさん、マイぺースで、すごく自分に正直に、ペースを絶対に保てるように、自分の音楽を大事に生きている人達だなと。本当の豊かさを、自分の中できちんと、自分の物差しでちゃんと計って生きている人達だなと。そんな生き方に、すごく憧れを覚えました。

――その時にはもう「たま」は解散していた?

三輪:していました。まずこういう人達がいるということ、そしてその音楽が素晴らしいということが、大前提であって。素晴らしいその豊かな人達を、撮ってほしいなという思いに変わって。それからですね、今泉監督にお願いしたのは。

――お二人は映画館のアルバイトでご一緒されていて、友人だったと。今泉さんは自主制作を続け、三輪さんは、パル企画に入られた。そこで映画の仕事をしながら、たまの音楽と出会い、企画を作り、社内で提案をされたということですね。今泉さんとしては、どうだったのでしょうか?

 
初披露された映画祭「TAMA CINEMA FORUM」にて。写真左より上田誠氏(ヨーロッパ企画)、滝本晃司氏(ex. たま)、今泉力哉監督
今泉:オファーを受けてから、まず実際にライブを見させてもらって、自分の知らなかったこんな音楽があるのかと感動して、そして音楽だけでなく、活動の仕方や人物としても魅力を感じて、引き受けさせてもらいました。後から身近な映画関係の知人にもファンがいることが分かり、特にファンでもなかった自分がやっていいのかという懸念はありましたが、引き受けた時に考えていたのは、自分にやれることは、“ファンではない人が見られるものを作る”ということだと。ファンなら常識的な、バンドに関する知識、音楽や歴史などを、自分は初めて知ることができた。途中からは、どうしても詳しくなってしまって、その葛藤はありました。作品で取上げるライブシーンの選曲をする際には、制作当初好きだった曲と、たまの全部をトータルで好きになってから好きになった曲が異なっていて、最後にもう一度並べ直して選びました。

――撮影期間は、2009年の7月から12月までと、半年間に渡ったそうですね。

今泉:当初、撮影期間は2、3カ月でも充分撮れるだろうという話もあったのですが、出演者の方達と、こちらとの距離が埋まるまでの時間が必要だと思い、半年間カメラを回させて頂きました。実際に、インタビューを撮れたのは、撮影を初めてから数カ月後でした。

――インタビューの際の撮影は監督が?

今泉:ライブ後のインタビューの場合は、一人でしか行けない狭い場所などもあり、そういうときは自分、それ以外はカメラマンにお願いしています。その場合には、俺は横に居て近場から喋っています。

――ライブシーンが多く、重要なパートを占めていますね。

今泉:ライブは数を沢山やっていらっしゃるので、撮らせてもらえる時に、それぞれのライブを丸ごと撮らせてもらいました。編集当初は、ブレの多い映像は省いたりもしていたのですが、ブレを気にするよりも、もっとライブを、“それも含めて在り”と思えるものを最終的に選びました。選曲については、編集当初メンバーに観ていただいた時に、バンドの物語と曲の歌詞を意味付けしすぎているのでは、と指摘されて。映画を見たお客さんがライブに出かけてその曲を聞いたときに、映画で描かれた意味を重ねて歌詞を聞いてしまう危うさがあると。自分としては狙っていた部分だったのですが、改めて考えると確かにその通りだなと思い、素直に受け入れました。

――元メンバーの方々が “たまであった頃のこと”を語るインタビューと、ライブシーンが交互に続き、たまの活動に関する情報は、文字や写真で必要最小限に抑えられた構成ですね。組み立てる上で、気をつけられたことはありましたか?

今泉:本人たちに気に入ってもらえるものを、というのはもちろんですし、ファン以外の方に観られるものをといいつつも、ファンの方が最低限、納得するものにしたかったので、そこは意識をして気をつけました。自分の自主制作を作っている時よりは、やはりまじめに丁寧に、ということはありましたね。最初から、プロデューサーの三輪が言い続けていたのは、「フィクションでもドキュメンタリーでも、数年しか見られないような期限がある映画ではなく、10年後20年後にも見られるものにしたい」ということでした。当初、俺にはその考え方は全くなくて、2009年に撮っているということをすごく意識していたので、じゃあどうしようかと。そこで、ドラマ的なところを落として、もっと普遍的なものに、と。下手をしたら薄くなる可能性もあって、その怖さもありながらも、曲の強さを信じて、そちら側にウェイトを増やして、形にしていきました。

三輪:今泉監督は、映画の力をちゃんと信じて、自分の監督としての位置を、きちんと分かって撮っている監督ではないかと私は思っているんです。映画というのはきっと監督一人でなんとかなるものでもないし、そういう映画に対するちゃんとした尊敬があり、品がある。そういうところがいいなと思っていました。自主映画にはいろいろなタイプがありますが、監督の作品は、静かな映画。でもなんだかちょっとざわざわしていたり、見た感じは派手ではなく、すごく落ち着いた静かな色が、すごくいい温度でずっとある。そして、たまの方々、滝本さんと知久さんと石川さんは、ライブに行く限り、ガン!と自分を出す人ではない…まあ出しているんですけれど…

――大きな声では言わない人達?

三輪:言わない方達で。映画は、大きな声で何かを言わなければいけない部分もあると思うのですが、今回はそういった方向でないところから伝わる映画にしたいと思っていました。もう充分ドラマチックな人達なので、今とにかく、すごく素敵な、豊かな、生きているだけで芸術みたいな人がいるということだけを、大事に撮れればいいなと思っていました。

――お話を聞いていると、三輪さんの存在が大きいですね。制作過程でも一緒に作っている感覚だったんでしょうか?

今泉:それはすごくありました。インタビューの質問内容をチェックしたり、資料を渡してくれたり。編集中に冷静に見られなくなっている時には、一歩引いて見てくれている。こちらを尊重してはっきりとは口出しをせず、でも間違った方向に行っている時には、こちらを傷つけない程度に指摘して軌道修正してくれる。今思うと、すごくそうしてくれていた。とても助かりました。でももう、知り合いとやるのは、怖いです(苦笑)。僕は物を作っている時に、八つ当たりをするので。他のプロデューサーだとできないことを、甘えてやっている部分がありました。でもそう言える場所があったから出来た。三輪じゃなかったら恐らくもっと締め切りも早くなっていた。最初に言われていた時期から延びていて、それを会社と交渉したのも、三輪なので。

――『たまの映画』ですけれど、たまの当時の映像も、演奏も出てこない。でも、全体で『たまの映画』として、これから新しい観客が歌に出会い、その存在を知ることができる。

今泉:和歌山の映画祭でたまのファンではない友人が観てくれて、「たまでてこねえよ! 」って(笑)でも「TSUTAYAに行きたい、たまの歌を聴きたくなった。」って言ってくれて。ここから興味を持ってもらえれば、そして元メンバーの方々の、今のライブを見たくなってくれたら。それは目的としてすごくあります。

三輪:本当に知らない人に見てもらいたいというのが一番でした。そして、知らない人にたまを知ってもらいたい、という思いはこの映画を作った大前提ですが、今泉監督の作品として、ちゃんと評価がされるような、“その素晴らしい人たちを写したもの”という作品になればと、心から思って、やりました。

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「綺麗な絵を撮ることよりも、人、役者がいきいきして見えればいい
……撮る対象に対する意識が更に強まった、と思います」(今泉)


――今泉監督は、自主制作では劇映画を作られていますが、ドキュメンタリーは今回が初めてですか?

今泉:そうです。山下敦弘監督のフェイクドキュメンタリーで、編集を何本か担当していた経験があるので、最初はいけるだろうと思っていたのですが、いかんせん、フェイクドキュメンタリーとは訳が違っていて。(撮影を進めても)何ももちろん起きないし、最初はかなり大変でした。

――ドキュメンタリーを撮ってみた経験は、今後ご自身にとってどんな作用がありそうですか?

 
インタビュー直前に撮影した、滝本氏、上田氏と今泉監督の3ショット
今泉:小さいことでは、撮影など技術的な面で、かなり勉強になりました。あと後半は、信用できるカメラマンでも、撮影を人に任せられなくなってきました。ドキュメンタリーの撮影は、感覚で判断することがとても多いので、絶対に自分で回さなくてはいけないのがドキュメンタリーかなと思いました。結果的に、つたなくても自分が回している素材を沢山使っています。それから、今までの自主制作では、長くても中編を4日から1週間で撮影していましたが、今回、撮影に半年、制作に1年半かけたという経験は、自信になったところがあります。そして、もともと絵作りに対するこだわりはないのですが、よりなくなりました。それよりも撮る対象に対する意識が更に強まりました。自主制作の頃から、綺麗な絵を撮ることよりも、人、役者がいきいきして見えればということをずっとやっていたので、そういう意味ではドキュメンタリーに近かったかなとは思います。ただ、何度も撮り直しがきいて、こっちが指示をできるものと、その時だけしか撮れないもの、その差はすごくあって、それはすごく大変でしたね、やっぱり。

――ドキュメンタリーはこれからもやってみたいと思いますか?

今泉:覚悟がもっとないといけないと思うし、もし話があった場合は、その対象に興味があれば。フィクションの場合なら、商業映画をやりたいので基本的に選んでいる場合ではなく、話は全部受けるぐらいの姿勢ですが、ドキュメンタリーに関しては絶対にそれはないです。思い入れのない人がやる事になってしまうと終わりだと思う。結局今回は、最終的には思い入れがあるから作っていたので。思い入れのない人のやるドキュメンタリーは本当に誰も得しないし、絶対そんなことはばれるので。

――監督がトークでおっしゃっていた、「バブルの時代の、お金が沢山あったら幸せ、いい会社に就職できたら安心といった価値観が壊れている今、好きなことを大事にやり続けることが一番幸せなのでは?」というテーマが作品を通して、大きな意味を持って伝わってきます。

今泉:そしてそれが今、むずかしいですからね。

三輪:「たま」は20年前のバンドで、20年経ってこの映画が出来た。最近は、とにかく映画も、CDも、本も、数が多い。その中で、この映画もきっといっぱいある内の一つになってしまうということは分かるんです。でも、「たま」も、映画も、本も漫画もそうですが、何十年後に、“誰かのその人だけの1本”になるということが、あるじゃないですか?特に「たま」は普遍的なバンドですし、映画も、何十年も前の作品を見て感動したり、自分の宝物になることがある。やっぱり残るものであると。とにかく、残るものだという意識を持って、この作品を作ってもらいたいと心から思っていました。そして今回の作品へ出演してくださった方々、協力して下さった皆様の気持ちを裏切るような作品にはしたくなかった。小手先勝負なら、どれだけでも今泉監督は作れると思うのですが、それは、いやだなと。

今泉:プロデューサーが違ったりしていて、スケジュールを早めに切られていたら、小手先で形にすることは全然できて…

――それで完成とされることもありえた?

今泉:ありえましたね。だから時間がもらえたのはよかったです。もう、冷静にやっぱり見られていなかった時期がありました。編集していて。だからその時間をもらえて、この形までいけたのが…。先に劇場が決まったので仕上げられた部分もあって。もし、それも決まっていなかったら、まだ編集をやっていて、もっとひどい状況になったり、いろんなことが起きていたと思う。

三輪:(完成して)本当によかったです。

今泉:よかったです。本当にいつお蔵になってもおかしくなかった。

三輪:本当ですね。怖ろしい…

今泉:とは思いますね、恐ろしい…

――お話を聞けば聞くほど、二人三脚で作られた感じですね。

今泉:それはありますね。

三輪:監督が頑張ったんです。本当に。

――こういう作品を作りたいと思う方がいて、それを掬い取る能力のある監督が、身近にいらして、喧嘩だったりとか、険悪になったとかありつつ…

三輪:喧嘩をしたと…

今泉:俺が八つ当たりした… 

――そういうこともありつつ、こうして作品が生まれて、これから見る方の元に届けられるということは、今の業界の流れの中でも、奇跡的と言いますか、とても希望になることだと思います。最後に、監督の今後の予定は?

今泉:「青春Hシリーズ」で新作を11月に撮影する予定です。いつもの感じで、恋愛物をやろうと思っています。幼い子供がいる1組の夫婦の別れ話を軸に、5人の男女の関係性を描く作品で、『終わってる』というタイトルです。まさかの井土紀州監督経由でお誘いをいただいて、電話をいただいてびっくりしました。いつもの自主のメンバー、体制で撮ります。

――そちらも楽しみですね。今日は長時間、ありがとうございました。


今泉力哉監督 Recommend

■好きな映画
『ミニー&モスコウィッツ』 
『どんてん生活』
『バッファロー'66』

■好きな監督
山下敦弘
小林政広
ジョン・カサヴェテス

■好きな俳優
武田鉄矢
加瀬亮
芹澤興人

■好きな女優
坂井真紀
河井青葉
小野ゆり子


 
  Profile: 今泉力哉(いまいずみ・りきや)

映画監督。
1981年福島県生まれ。名古屋市立大学在学中より自主映画制作を開始する。卒業後、大阪の吉本NSCに通い、1年間の芸人生活を経て上京。自主映画制作を再開する。渋谷の映画館で3年間のアルバイト生活を経て、現在、監督や俳優の養成学校・ENBUゼミナールに勤務。その傍ら、自主映画を制作しつづける。2008年、『微温(ぬるま)』で第12回水戸短編映像祭グランプリを受賞。2009年『最低』では、第10回TAMA NEW WAVEグランプリ他受賞多数。2010年下北沢トリウッドでの特集上映でも注目を集め、初のDVD「最低〜今泉力哉監督作品集〜」(アップリンク・ニューディレクターズ・シリーズ)が11月5日に発売された。『たまの映画』で劇場公開作品デビューを果たす。

『たまの映画』

2010年12月25日よりテアトル新宿にて公開。2011年1月1日より名古屋・シネマスコーレ、大阪・第七藝術劇場ほか全国順次公開。

公式サイト:
http://www.tamanoeiga.com/

(C)2010パル企画/NSW

【第20回TAMA CINEMA FORUM】『たまの映画』レポートはコチラ
http://www.holic-mag.com/hogablog.php?itemid=2466
   

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