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石井岳龍インタビュー

おそらくこの人の新作を心待ちにしていた人は多いのではないだろうか? 石井聰亙改め石井岳龍監督。長編映画としては『五条霊戦記 GOJOE』以来、実に10年以上の時を経て、彼から新作が届いた。ジャパニーズ・ニューウェーブの先鋒として日本映画にひとつの革命を起こし、常に驚きのあるパンキッシュな作品を作り続けてきた石井監督。新作『生きてるものはいないのか』も、また新たな驚きに満ちているといっていい。石井聰亙から石井岳龍へ。鬼才が新たに向かった先は? 真意を訊く。

取材・文/水上賢治

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「(今までやってこなかった会話劇や
群像劇といったことを)やってやろうと思って」


――僕は2002年に発表した『DEAD END RUN』のとき、取材させていただいたのですが、そのとき、石井監督はデジタル撮影を突き詰めようとしていた時期で、いろいろと興味深い話を伺いました。そのとき、石井監督は常に新しい映画作りを模索していると思ったんですね。監督はよく映画には驚きと発見が必要とおっしゃっていますが、フィルモグラフィーを観れば一目瞭然で。今からちょうど1年前ぐらいですか、WOWOWのノンフィクションWで石井監督が密着取材されていた。そこでは東大の研究室と共同で3Dのさらに先をいく体感系映像作りに挑戦されていた。それで“ああ、やはり石井監督はまだ見ぬ領域の映画作りを目指しているんだな”と思ったんです。

 

『生きてるものはいないのか』
(C)DRAGON MOUNTAIN LLC.
石井:実は、その3D映像を作っているとき、同時に今回の『生きてるものはいないのか』を進めていたんですよ。あの番組を観た人は、“石井は今、新しい3Dをやろうとしているのか。じゃあ新作は3Dか”と思ったかもしれない(笑)。でも、平行して実は『生きてる~』のプロジェクトも進行していたんです。

――やはり、そうなのですね。時期的なことを考えるとたぶん最低でも間髪入れないぐらいで撮ってるだろうなと思ったんですが、ほぼ並列で進めていたんですね。で、話しを戻すと、3Dの先をいくような映画にトライをしていたのが頭にインプットされていたから、余計に今回の『生きてる~』は驚いたんですよ。何をって、猛烈な会話劇であり、18 人の登場人物が入り乱れる群像劇でもある。ある意味、役者の演技合戦が繰り広げられる芝居劇でもある。こう言っては失礼に当たるのですが、これまでの石井作品とは最も縁遠かったスタイルかもしれない。そこに改めて食指がなぜ動いたのかなと。

 
石井:今回の場合、まず原作との出会いが大きいです。脚本も手掛けてくれた劇作家の前田司郎さんの戯曲になりますけど、理屈抜きに面白かった。今の時代に、こういうことを平気で描ける劇作家のいることに驚いたんです。また、原作は大学のキャンパスが舞台。今、自分は大学で教えていますから、今の学生たちのリアリティというか空気を肌で感じていて。表面的なところは違うのかもしれないけど、根っこの部分は同じというか。実感として昔も今も学生たちの考えていること、本質はあまり変わらない気がしていた。このとき、前田さんのこの戯曲の世界観と、今の学生たちのリアリティが僕の中ではリンクして。これをやったら面白い作品が作れるような気がしたんです。

――でも、この原作は相当難儀ですよね(笑)。簡単に言えば、理不尽に人間が次々と死んでいく。あまり言うと、映画を観る楽しみが減るので控えますけど、死ぬことに理由がないことが重要で。そこから例えば生と死の意味といったようなものを観た人それぞれが汲んでいく。でも、今の日本映画は、理由がないと許されない。人が死ぬならば、なぜ死ぬのか明確にないとダメで、映画化が難しいというか、今の日本映画界では最も企画が通りにくい内容だと思います。

石井:そうなんでしょうね。知り合いのプロデューサーに持っていったんですけど、総じて“まったく何が描かれるのか見えない”と(笑)。“これ映画になるの?”という人もいたぐらい。でも、僕としては、だからこそチャレンジングで、やりたいとの想いを強く抱きました。で、先ほどの指摘通りで、会話劇や群像劇、芝居劇をこれまでやってこなかった。セリフとお芝居で見せる作品は確かになくて。これまで映画を作るにおいて、そこに自分の興味があまり向いていなかった。でも、この原作と向き合って、改めて芝居に興味が沸いたところがあって。今回はやってみようと。

――これまで芝居やセリフ劇になぜあまり興味を抱かなかったのでしょう?

 

『生きてるものはいないのか』
(C)DRAGON MOUNTAIN LLC.
石井:映画は、若いころから映像と音で見せるもの。ある意味、“セリフは邪魔だ”と思っていたところが確かにあるんですね。人間は嘘をつく動物だから、映画の表現において、会話であり言葉というのが果たして映画的なのものになりうるのかという自問があって。言葉で表現できないからこそ映画を作っているという思いもずっとあった。ただ、長い間、様々な映画を見てきて。またここにきて大学で映画作りを教えるにあたり、改めて映画の基礎というか基本を見つめ直していく中で、映画における会話の在り方、リアルな演技の演出法、そういったことにひじょうに興味をもった。また、今の日本映画界は若いシナリオ作家が現れにくい状況で。

――オリジナル作品はほとんどありませんからね。

石井:ええ。それに対して、演劇界は若い作家がきちんと力強いオリジナルを生み出している。しかも年3、4本といったペースで。その才能に対して、注目したい気持ちもありました。

――実は、僕もここ数年、舞台に通うようになって。理由は石井監督とほぼ同じで。劇作家がオリジナルを次々と発表しているのに、なんで映画はオリジナルがないのかなぁと。

石井:若い劇作家だけじゃないですよね。ベテランも現代日本とリンクした力強い作品を生み出している。そこに映画人として刺激を受けたところもありました。注視せざるを得なかったというか。

――戯曲を映画化するという作業に難しさはなかったのでしょうか? 

石井:映画の文体と戯曲の文体はやはり違う。ただ、前田さんのこの戯曲に関しては、自分の中では映画の原作として読めたところがあったんです。だから、自分の中では、戯曲から映画にわりとすんなりと飛躍できたところはありました。自分ではひとつヴィジョンが確立できたというか。

――でも、その時点でもこの作品の良さはなかなか理解してもらえないですよね。

石井:そこが難しくて。この自分の思い描くヴィジョンを言葉で伝えられない。プロデューサーに完成する映画のイメージをうまく伝えられないわけです。まして、僕ですから“ぶっとんだことやるんじゃない”とか、“ちゃんと俳優さんに演出つけられるの”とか印象あるでしょうから(笑)。最終的には、もう作って示すしかなかった(笑)。

――それを見事示したというか(笑)。30年以上のキャリアのある人に対して、本当に失礼な物言いなのですが、これまでの石井作品というのはどこかに過激さと過剰さがあって。人物の登場のさせ方ひとつとっても何かしらの過剰さをもってこちらにインプットさせるような唐突的なところがあったような気がします。でも、今回はスタンダードというか。役者の芝居やセリフ回しをしっかりと収め、それプラス構成や進行で人物像をきちんと色づけしていく。18人の人物像と、その相関図をさり気なく描ききってしまう前半はシビれました。そしてそこで僕もこれまた失礼なのですが、ちょっと“石井監督、こういう王道の取り方もしっかりできるではないですか”と思いました。

石井:もともとこういう会話劇や群像劇を観るのは大好きなんですよ。例えば山中貞雄監督の作品とか、川島雄三監督の作品とか、ジャン・ルノワールやロバート・アルトマンの群像劇とか。ただ、やはりこれが難しい。自分の場合、そういったタイプの脚本はまず書きませんし(笑)。ただ、今回は前田さんの脚本を手に入れましたから、これはもうチャレンジするのみだなと。まとめて(今までやってこなかった会話劇や群像劇といったことを)やってやろうと思って。難しいほど燃えるタイプでもあり、もともとやるかやらないか極端な人間ですから、やるならとことん突き詰めて徹底的にやってやろうと思いました。

――実際、会話劇や群像劇にトライしてみて、どんなことを感じたのでしょうか?

 

石井:道のりは困難でした。もともとシナリオはそのまま描こうとしたら、まあ間違いなく3時間は超える分厚さ。周りはもう心配で“ぜったい、こんな会話だけの話しではもたないからどこかバッサリと切りましょう”とか言ってくる。でも、僕は会話のスピードとか映画のテンポとか考えて、これは完成した今の尺ぐらいで収める自信があった。こういうことを自らが実証していくことの連続。ただ、険しい道のりなんですけど、だからこそやりがいがあった。困難でしたけど自分としてはものすごくエキサイティングな時間で。映画にするのが難しいからこそ、あらゆることをフル回転させて作り上げた感触があって、とても新鮮な時間でした。同時に、先ほど挙げた敬愛する監督たちの偉大さが解ったというか。そのままだと映画にしにくいことを、どう映画にするかにチャレンジしていたことに改めて気づかされました。会話を一種の音楽的リズムに捉えて、なおかつ意味を伝えていき、映画的時空間を生む。そういうことを先に挙げた監督たちは作品で、きちんとしているとか、いろいろと発見がありました。

――いや、でも本当に今回の描写はびっくりしました。例えば会話シーンでのあのカットバックの組み合わせとか見事なんですけど、今までの石井監督では信じられない(笑)。

石井:ほとんど、ああいったことやっていませんから(笑)。

――それで先ほど、川島雄三監督のお名前が出たので、ちょっとお伺いしたいことが。実は『生きてるものはいないのか』を観ているとき、1ヶ月ぐらい前に観た『幕末太陽傳』のことがふと頭に浮かんだんです。役者の芝居の在り様とか、映画のテンポとか何か共通性を感じたというか。やはり石井監督の中で、川島監督らは大きな影響を受けているのでしょうか?

石井:そうですね。ジャン・ルノワールだったら『ゲームの規則』『黄金の馬車』とか。川島さんにしても、アルトマンにしても、一見、非映画的に見えるのに、彼らがやるととても面白い映画になってしまう。今回の作品は彼らに対する僕のリスペクトも含まれていると思います。


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「自給自足体制というか
今の日本映画界は他人に頼っていられない」


――少し話は変わるのですが、ご存知のように今の日本映画は説明過多が指摘されることが多くて。先ほども話にでましたけど、今回の『生きてるものはいないのか』みたいな内容は、通常だとまず企画が通らない。そういうこともあって、僕の個人的な見解でしかないんですが、作り手側もその呪縛にはまっているというか。なんでもかんでもセリフやテロップ、ナレーションを使ってあらゆることを懇切丁寧に説明をしないとダメな具合になっている。でも、石井監督がそれこそデビューしたときなどは、むしろ言葉や理屈で説明できないことをいかに表現できるかをしていた。もっと映画としての表現を自由にしていたように思って、なんで今はこうなってしまったのかなと。

石井:どうしてそうなったかはわからない。そういう作品にお客さんが入らなくなったなら、資本主義の論理でそれは当然のことだし。ただ、それに対して文句ばかりいってても僕は仕方がないと思う。自由に作りたいならば、そういう作品を作ってお客さんに問うしかない。それで新たな創作を模索して、現状を変えていくしかないと思う。僕は、映画ならではの魔力というか、映画でしか味わえない体験を楽しんでもらって、なおかつ観てよかったなと思えるものを持って帰ってもらいたいと思う。僕自身が映画に求めるのは、つまりそういうことで。それに応える映画を自分は作るだけですね。

――あと、今、神戸芸術工科大学で教えられていて。若手の育成が重要とプレス資料にも書かれておられて、そのあたりの話を少しお伺いしたいのですが。

 

『生きてるものはいないのか』
(C)DRAGON MOUNTAIN LLC.
石井:監督も、美術や照明もそうですけど、おおきくいうと日本映画の職人は、若手がベテランの助手について技術を継承してきた。その役割を大手製作プロダクションなどが今も担い、続いているのは確かです。ただ、今の若者の中には助手についたりすることが苦手といった人も多い。だから、僕は独自の人材育成が必要と思っていて。例えば職人としての技術ももっていて、誰かのフォローもできるけど、自分の作品を作るときもきちんと出来る。アーティスト型職人、職人型アーティストとでもいえばいいのかな。昔のニューヨークのインディーズ映画とか、(ジョン・)カサヴェテスや(ジム・)ジャームッシュといった作家がやっていたことというか。脚本家がプロデュースを兼ねたり、脚本家が撮影担当したり。プロデューサーが俳優もこなしたり、俳優が立案したり。僕らのやる映画の規模って、そういう形で成立することで独自の作品が生み出せる気がする。だから、そういう人材が育つようなことができないかなと思って。今僕が大学でやっているのは、映画を作れる仲間が常にいることを実感できる場作りというか。ハリウッドなんか、ほかのジャンルからきて一流の職人になる人が意外と多い。トリュフォーの作品などを手掛け、ハリウッドでも活躍したネストール・アルメンドロスという撮影監督がいるんですけど、彼なんかも低予算で作品を作り、ドキュメンタリーとかいろいろな経験をする中で、独自のヴィジョンや技術を体得していった。様々な経験ができる場があって、そこから自分はカメラマンと思ったら、その道を究めていけばいい。そういう形で人材を育成できないかと思ったんですね。あと、変な話、自分が作品を作るためにも、そういう人材が必要で。自給自足体制といえばいいかな。もう、今の日本映画界は他人に頼っていられないというか、自分でそういうことも含めてやっていかないと何も始まらないし、作品を生み出すこともできない。それでここのところ、人材育成に力を入れていたところはあります。ここ数年、小さいけど自分の持っている畑を自ら耕して、そこに種をまいて栄養を与えて育つのを待っていた感じですかね。今回の作品は、それがひとつ実を結んだ結果でもあるような気がします。

――確かに実を結んでいると思います。例えば<ぴあフィルムフェスティバル>で昨年入選した『Recreation』の永野義弘監督は石井監督のもとで学ばれた若手。僕は彼のプロフィールを観たとき、“ついに石井監督の門下生が出てきたか”と思いました。

石井:あれこれと映画について教えるんですけど、彼らはまったく違うことをやってくる(笑)。やはり自分を持った作品を作ってくるから面白いですよ。

――これは今後監督を目指す若手にもメッセージになると思うので聞くのですが、学生たちに例えば繰り返し言っていることみたいなことはあるんですか?

 
石井:自分が本当に大切だと思うこと、自分が一番知っていることでそれを描きたい表現したいということ、まずそこから出発しろと言っています。それでしか最初は勝負できないよと。器用ぶって何かから引用してきて、それを応用したところで人を感動させることはできない。それよりも自分だけが知っていることを徹底的にやって、それを不恰好でもいいから最後まで歯を食いしばって形にしなさいということです。だからいつも学生に相談されて、聞くことは“これは本当に君にとって大切で映画でやりたいことなの”ということ。やはり作り手が中途半端に興味のあることを描いたとしても、それは心に響かないんですよ。その人しか知らないこと、本気で迷っていることは、それがどんなにちっぽけな事でも、やはりそれを受けたとき、心を動かされる。たまに脚本を渡されて読んで号泣するときとかもありますよ。こちらが教えられることも多いですね。


 
  Profile: 石井岳龍(いしい・がくりゅう)

1957年、福岡県出身。日本大学芸術学部入学後、8mm作品『高校大パニック』(76)でデビュー。『狂い咲きサンダーロード』(80)『爆裂都市Burst City』(82)などが熱狂的な支持を集め、“ジャパニーズ・ニューウェイブ”の急先鋒として圧倒的な存在感を放つ。その後、『逆噴射家族』(84) 『エンジェル・ダスト』(94)『水の中の八月』(95)『ユメノ銀河』(97)と作品を次々と発表し、国内外で鮮烈なインパクトを発揮する。2000年には時代劇大作『五条霊戦記 GOJOE』(00)や『ELECTRIC DRAGON 80000V』(01)といった今までの映画のジャンルを超越した作品を手がけた。現在、神戸芸術工科大学で教鞭をとり、学生と共に3D作品など新たなチャレンジを進行中。劇場用長編映画としては10年ぶりとなる映画『生きてるものはいないのか』が2月18日(土)より全国順次公開予定。

映画『生きてるものはいないのか』(配給:ファントム・フィルム)
2月18日(土)よりユーロスペースほかにて全国順次公開
公式サイト:http://ikiteru.jp/
(C)DRAGON MOUNTAIN LLC.
   

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