HogaHolic × JAPANESE EYES









若手監督が“映画祭”出品に際して思うこと

――同世代で映画を作る監督同士ということで、いろいろと意見交換していただければと思います。まず始めに、学生制作の作品を含めると、皆さんがインディペンデント映画を経験されていて、映画祭参加経験もある。その中で、“映画祭”の位置づけはどういったものなのでしょうか。

松江 僕の中で映画祭は、「作品に付加価値をつけてくれるもの」という感覚がありました。というのも、よくいわれますけど1980年代末から90年代初頭の日本映画は低迷期。その一方で、ちょうど北野武監督が出てきて、黒沢清監督がVシネマを続々と発表し始めたぐらいで、そういったエッジの利いた作品が「海外で評価されて劇場公開される」という流れがあった。で、日本のインディーズ系映画を僕は見はじめたんですけど、ぶっとぶわけです。石井隆監督の『死んでもいい』とか、「こんな面白い映画作っている人が今いるのか」って。だから、僕にとって映画祭は、ひとつ目を開かせてくれたというか、いかなるときも必ず価値がある映画があることを教えてくれた存在なんです。

深田 今の松江さんのお話にも通じるのですが、僕も映画祭の一種のブランド力を意識していることは確かです。ずっと自主制作でやってきているわけですけど、僕の作品なんて誰もが知っている役者が出ているわけでもないし、有名な監督が手がけているわけでもない(笑)。何もしなかったら、誰にも興味を持ってもらえず、日の目を見ないで終わってしまう。ですから、映画祭を足がかりに自分の作品を次につなげていきたいというのはあるので、やはり大きな存在ですね。

松江 特に自主映画はその意識が高いですよね。僕も自分が作り手となって出品する立場になったときから、映画祭への意識は高かった。僕が始めて参加した映画祭は「韓日青少年映画祭」でかれこれ10年前。デビュー作『あんにょんキムチ』のときです。当時は、日本映画学校の生徒でしたけど、劇場公開を目指していましたから、映画祭をきっかけにというのはどこかにありました。また、当時はまだ自主映画を劇場公開するには、何か価値をつけないと難しいという考えが僕自身にもあったし、日本の映画界全体にもあったような気がします。今は、学生映画でもクオリティが高ければ劇場公開はできると思うんですけど。

深田 あと、僕はもうひとつ最近感じていることがあります。ここ2〜3年、いろいろな海外の映画祭に呼ばれて参加しているのですが、映画作りというのは「映画祭を起点に動いているなぁ」と実感しますね。世界の映画マーケットにおけるその国の競争力を決めてしまうぐらいのことが映画祭では行われている。僕もそうですけど、そこにもっと日本の映画界全体も目を向けていかないと思っています。すいません、偉そうなこといっちゃって(笑)。

 
『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』(瀬田なつき監督)
©2010 「嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん」製作委員会

瀬田 私はおふたりほど、映画祭への参加経験がないので、自分にとっての映画祭の存在がどういうものなのか……まだ見えていないというのが本音です。ただ、例えば劇場公開される作品なら、それに関する色々な情報が今は事前に出ていて、興味を持った人が劇場に足を運ぶと思うんですね。でも、映画祭だと、そこまで予備知識がない中で、作品を観るケースが多いと思うんです。『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』にとっても、先月完成したばかりで今回の映画祭で観て下さる方が初めての観客になります。そういった状況で観てもらえるチャンスというのは、たぶん映画祭ならでは。そういう場は作り手としての自分にとっても大切だし、作品にとっても大事な場所だと感じています。

――では、その中で、こういう場でちょっと答えづらいかもしれないのですが(笑)、東京国際映画祭(※以下TIFF)についてはどう感じていましたか?

 
『ライブテープ』(松江哲明監督)
©2009 Tip Top

松江 僕はまず、高校時代に観客として通いつめていました。だから、TIFFを毎年楽しみにしていた観客のひとりです。ただ、TIFFが僕にとってより大きな存在になったのは、2006年に「アジアの風」の審査員を務めさせていただいたこと。僕がちょうどアダルトビデオを撮っているときだったんですけど、そのAVをきちんと作品として評価してくれて、(当時同部門のプログラミング・ディレクターだった暉峻創三さんが)声をかけてくださった。僕としては、(コンペティションの現プログラミング・ディレクターの)矢田部さんをはじめ、TIFFのスタッフの皆さんは心から信頼が置けたんです。何事においてもそうなのかもしれないけど、映画祭も最後はやっぱり“人”だと思うんですよね。TIFFって規模が大きくて影響力もあるから、いろいろと悪口を言いやすいし、批判の標的にもされやすい。僕も昨年、日本映画・ある視点部門で『ライブテープ』が上映されることが決まったら、何人かから「なんでTIFFに出すの?」と言われました。

――自主映画に身を置くなら、アンチのフィールドで拒否すべきではないかということですよね。

松江 ええ。ただ、僕としては信頼できる人にきちんと評価していただいたのだから、出品は自然な流れ。だから、素直にうれしかったですよ。

――瀬田さんと深田さんは今回、初めての参加になるわけですけど、TIFFに関して何か感じていたことはありましたか?

瀬田 私も数年前から、通っていたいち観客で。この場限りかもしれない映画が観られる上、なおかつティーチインとかあって、「お得だな(笑)」なんて思いながら、楽しんでいました。でも、熱心に通うコアなファンというわけではなかったです。ただ、実は今すごくびっくりしています。なぜかというと、今回の『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』がまだオールラッシュの段階のとき、知らない人が来ていたんです。その人が誰だか分からないままだったんですが、先ほど判明しました。矢田部さんでした(笑)。(※鼎談前に、矢田部プログラム・ディレクターが挨拶に来た)。そう考えるとずいぶん前から、私の作品を気に留めてくださっていたんだなと思って。いま、本当にびっくりしています。

深田 実は僕も一緒で。なんだかんだいってもTIFFは国内最大の映画祭で、まさか自分のような無名の存在に目を向けるはずなんてないと思ってたところありましたから、ちょっと驚きましたね。あと告白すると、僕はこれまでTIFFにはあまり足を運んでいないんです(笑)。というのもチケット買うのが大変そうだし、TIFFでかかった作品はそのうち名画座で観られるだろうなんて考えがあったので(笑)。ただ、今回、作り手として参加するに当たってはちょっと身が引き締まる思いですね。海外の映画祭は言葉が分からないので何を言われても気にならないところあるんですが、今回は国内で、逃げられないというか、言い訳ができない。今までで自分の作品を発表する一番大きな場になるので、評価がしっかりと跳ね返ってくる気がする。かなりプレッシャーを感じています。

瀬田 その不安はありますね。あと、決まってからというもの、親類や知人から「六本木ヒルズで上映されるんだ」とか、「グリーンカーペット歩くの?」なんて冷やかしの連絡が入るんです。

松江 僕も昨年、さんざん言われました。「松江がグリーンカーペット歩くんだ」って(笑)。

瀬田 私も今から緊張しています(笑)。

深田 変な話ですけど、劇場公開するより「すごい」といってくれる人もいるんです。TIFFで上映されることで、注目してくれる人もいるわけですからね。

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松江哲明

1977年東京都出身。99年、日本映画学校の卒業制作として監督した『あんにょんキムチ』が、山形国際ドキュメンタリー映画祭アジア千波万波特別賞、NETPAC特別賞、平成 12年度文化庁優秀映画賞などを受賞。以降、OV『ほんとにあった! 呪いのビデオ』シリーズ、『カレーライスの女たち』『セキ★ララ』『童貞。をプロデュース』『あんにょん由美香』など刺激的な作品を次々と発表。2009年の1月1日に撮影した『ライブテープ』が同年の東京国際映画祭にて「日本映画・ある視点部門」作品賞を受賞(以降ドイツ、NY、トロント、パリなどの海外や国内の映画祭を巡回中)。自身の10年間のドキュメンタリーについてまとめた著作「セルフ・ドキュメンタリー」(河出書房新社)が発売中。



瀬田なつき

1979年大阪府出身。2005年横浜国立大学大学院環境情報学府を修了後、08年東京藝術大学大学院映像研究科を修了(映画専攻監督領域2期生)。主な監督作には『とどまるか なくなるか』(02)<劇場レイトショー公開>、『むすめごころ』<オムニバス映画『夕映え少女』の一編>(07)、『彼方からの手紙』<東京藝術大学大学院映像研究科修了制作>、『あとのまつり』<『桃まつりpresents kiss! 』の中の一編>(08)などがある。インディーズ時代からその表現力に注目が集まっており、今、映画界で最も注目されているといっていい若手監督。本作でメジャー映画デビューする。 メッセージ→



深田晃司

1980年生まれ。99年映画美学校入学。2004年までに長短編3本の自主製作を行う。06年映画『ざくろ屋敷』を発表。渋谷アップリンクXにて劇場公開、08年にパリKINOTAYO映画祭にて新人賞を受賞。09年長編映画『東京人間喜劇』を発表。同作はローマ国際映画祭、香港InDBear国際映画祭、パリシネマ国際映画祭に選出、大阪シネドライヴ2010大賞受賞。現在、劇団青年団演出部所属。 メッセージ→







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